本日、数年前に知り合った方と再会しました。きっかけは私がパートナーズオフィス中畠を起こした際にご案内を出したことによります。
その方(仮にAさんとします)とお会いした理由は、Aさんは私と同様のお仕事をされており、ネットワークが広がればと思ってのことでした。
久し振りでもありましたので起業する経緯や理念、営業スタイルやクライアントの属性など話が進む中で突然、Aさんが亡くなった義理のお父様に対する確執があるということをおっしゃいました。その後の話しの展開は伏せておきますが、実は私も亡くなった父親に対して長年どうしても許すことのできないことがありました。
それは私が膨大な負債と共に会社を引き継ぐ決心をし、社長へ就任する際起きた出来事に起因します。
「信一、もう私の時代ではない。今すぐ社長を交代しろ」と父が突然言い出し、そして、「交代に際しては退職金を支払え。本当であれば〇億円くらい欲しいが無理であろうから〇千万円で構わない」と。私が「そんなお金があれば苦労しない」と伝えると、「金がないなら銀行から借り入れて支払え」と間髪入れずに言いました。
私は、「こんな親がいるのか。資金が無く経営に困窮していることを知りつつ何でこんなことを実の息子に言えるのだ」と余りにも情けなく思い家族の前でおいおい泣きました。
若い頃より学んでいる道徳の教えには「親や祖先には感謝して安心と満足をしていただきなさい」とあり、それを曲がりなりにも実践してきた私はこの件に対しても、「これは私を人として、経営者として成長させてくれるための父親の愛情である」と前向き且つ論理的に受け止める努力をしました。しかしながら感情的には全く許すことができず、その後徐々に老いていく父親に対しては時折、責める・打つといった感情を交えた言動が、思わず出てしまうということが多々ありました。
2016年春、父が癌で入院した際に毎日見舞いに行き経営に関する報告をしていました。
ある日、病室へ行き夕日に照らされて眠る少し痩せた父の顔を見た時、「もういいかなぁ…」という感情が芽生え、憑き物が取れるが如く父を許すことができました。そして数日後に父は息を引き取りました。
人生において人を許せないという感情は、結局は自分自身を傷つけると思います。
私は「生前に父を許すことができて本当に良かった」と思いました。
【父・中畠憲治】
昭和一桁生まれの「ド昭和男」。家庭内では我が儘でやりたい放題でしたが、その一方で人生や生活に困窮した人達を多く助けることもしていました。亡くなって10年経った今でも「お父様には本当に助けていただきました。生涯通じて感謝しかありません」と各方面より感謝の言葉を聞くことが度々あります。
